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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2558号 判決

本籍

東京都渋谷区千駄ヶ谷五丁目六番地

住居

同都渋谷区千駄ヶ谷五丁目六番一号

会社役員

剣木圭一

大正一一年七月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同田中順太郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区千駄ヶ谷五丁目六番一号において「中央医院」の名称で診療所を開設して医業を営むかたわら営利の目的で有価証券売買を行つていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外するなどの方法で所得を秘匿したうえ

第一  昭和五八年分の実際総所得金額が一億二二二万二六四一円あつた(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五九年二月二九日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所在の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五八年分の総所得金額が一〇六〇万一二四八円で、これに対する所得税額が二六一万六〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書等(平成元年押第一一四号の一、二)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額六二一一万一五〇〇円と右申告税額との差額五九四九万五五〇〇円(別紙一の(2)参照)を免れ

第二  昭和五九年分の実際総所得金額が六〇九三万三三二三円あつた(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和六〇年三月八日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が一四八三万七五二三円で、これに対する所得税額が四三〇万二六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書等(同押号の三、四)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額三一三九万二四〇〇円と右申告税額との差額二七〇八万九八〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一三通及び検察官に対する供述調書一通

一  鈴木政夫、堀口徳雄(二通=昭和六〇年四月一九日付、同年一一月六日付)、真弓清司、長橋秀明(二通)、今井秀明、餘目良子(二通)、剣木みどり(二通)、剣木文隆、進士英子、山元巌の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の昭和六〇年六月六日付領置てん末書

一  渋谷区長作成の戸籍謄本(戸籍附票の写添付)

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の譲渡収入調査書

一  収税官吏作成の譲渡原価調査書

一  収税官吏作成の特別控除額調査書

一  押収してある所得税確定申告書(五八年分)一袋(平成元年押第一一四号の一)及び同所得税青色申告決算書等(五八年分)一袋(同押号の二)

判示第二の事実につき

一  収税官吏作成の診療収入調査書

一  収税官吏作成の青色専従者給与調査書

一  収税官吏作成の青色申告控除額調査書

一  収税官吏作成の事業専従者控除調査書

一  押収してある所得税確定申告書(五九年分)一袋(同押号の三)及び同所得税青色申告決算書(五九年分)一袋(同押号の四)

(法令の適用)

一  罰条 判示第一、第二の事実につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択 いずれも懲役刑と罰金刑との併科

三  併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置 刑法一八条

五  懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、「中央医院」の名称で診療所を開設して医業を営むかたわら営利の目的で有価証券売買を行っていた被告人が、昭和五八年分の所得については非課税限度を超えたアラビヤ石油株式会社の株式譲渡による所得を除外し、昭和五九年分については中央医院の診療報酬の一部を除外する方法でその所得を秘匿し、右二年分合計八六五八万円余の所得税を免れた事案であって、脱税額は決して小額とはいえず、ほ脱率も平均九二・六〇パーセントと高率に及んでいること、犯行の動機に特段酌むべき点のないこと、所得秘匿の手段、方法も大胆であり、納税意識が希薄であつたことなどを考慮すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑責を軽視することは許されない。

しかしながら、被告人は、本件についての査察調査の進展に伴い犯行を認めるに至り、本件起訴対象年度分についてのみならず、それ以前の昭和五六年及び同五七年分についても修正申告して、右四年分の本税、附帯税等を完納したこと、本件の非を悟り、自己の経営する診療所を閉鎖して謹慎生活を送っていること、被告人はこれまで医師として社会に貢献してきたこと、その他被告人の年齢、家庭の状況、健康状態等、弁護人指摘の被告人のために有利な、又は、同情すべき事情も認められる。

以上の諸点を総合勘案すると、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内で自力更生させるのが相当であると判断して、主文掲記の刑を量定した次第である。

(求刑 懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 中野久利)

別紙一の(1)

修正損益計算書

剣木圭一

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙一の(2)

脱税額計算書

昭和58年分 剣木圭一

〈省略〉

別紙二の(1)

修正損益計算書

剣木圭一

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

〈省略〉

別紙二の(2)

脱税額計算書

昭和59年分 剣木圭一

〈省略〉

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